設計者の発言

業務システム開発とデータモデリングに関する語り

「真面目で仕事熱心」が業務の合理化を阻む

 日本で業務プロセスがしばしば非効率であることの、皮肉な理由をひとつ挙げたい。現場が真面目で優秀であるからだ。

  どんなに非効率なやり方でも現場は仕事をこなしてしまう。もちろんその過程で膨大な無駄が生じているのだが、ユーザは「バカバカしい。やってられない」と投げだすわけでもなく、倦まず弛まず業務を遂行する。筆者が目撃したことだが、ある中央官庁では5000列×5000行の巨大なExcelシートをメールでやりとりしながら、毎日遅くまで国家予算の策定が進められていた。現場が真面目かつ優秀でなければ、こんなやり方は成立しないだろう。

  しかしまさにそれゆえに、業務プロセスの合理化が進展しない。曲がりなりにも仕事が回っているからだ。しかも、こういった非効率が一定以上進行すると修正が難しくなる。仕事の手順が属人化することで、ユーザのエンプロイアビリティ(雇用意義)が強化され、悪しき保守主義が生じるからだ。システム刷新において「仕事が現行通りにやれること」が堂々と要求されたりする。

 それにしても現場のそういった姿勢は、厳密には「真面目で優秀」とはみなせないような気がする。本当に優秀であれば、優秀でない要員でもその仕事を担え、残業も要らないような合理的なやり方を組織のために工夫するだろう。そのように考えれば、業務プロセスの合理化を阻んでいるのは現場が「真面目で優秀」ゆえではなく、たんに「真面目で仕事熱心」ゆえなのではないかと思えてくる。

 組織のトップはそんな現状を嘆いているわけではない。むしろ、それなりに業務が回っているので「わが社の強味は現場力にある」と公言したりする。しかし、とくに歴史の長い大企業では情報システムの保守性が最悪なので、非効率を絵に描いたような態勢になっているうえに、取引企業を巻き込んだ大胆な施策を打ち出せない。そもそも大企業のトップが業務プロセスに関して現場まかせであるゆえに、事業レベルのIT活用やDXに関して大きな絵を描けない。

 システム開発のプロに任せばなんとかなると期待してもいけない。全面刷新を謳うプロジェクトにおいても、UIがモダンでありながらバックエンドが旧態依然としたシステム、すなわち「ピカピカの竪穴式住居」が生み出されたりする。なぜか。現行仕様を緻密に調べ上げれば顧客の問題が明らかになるとともに、あるべきシステム仕様が天啓のように示されると多くの技術者が信じ込んでいるからだ。しかしこれは、建て増しを重ねた温泉旅館の構造を詳しく分析すれば、美しいリゾートホテルのデザインが自動的に導かれると考えるような倒錯である。

 しかも技術者の多くが残業を厭わないので、不合理な開発プロセスに疑問を持たない。ときにはExcel方眼紙で膨大な仕様情報を管理するといった時代錯誤なやり方さえ受け入れる(5000列×5000行のExcelシートを彼らは笑えない)。非効率を嘆くツイートくらいするかもしれないが、基本的に技術者たちは毎日1時間も残業しながらがんばる。ようするに、開発効率を高めるためのアイデアも実行力もないが、とにかく真面目で仕事熱心なのだ。

 そこへ新型コロナである。今後はこの「真面目で仕事熱心」が通用しなくなるだろう。営業的打撃の中、新しい稼ぎ方や、業務プロセスの抜本的合理化といった創造的価値を組織に提供できる人材が求められているからだ。どんなに真面目で仕事熱心でもそういった価値を生み出せない要員は、仕事がなくなるか機械に置き換えられる。これまでもそのような動きはあったのだが、コロナ禍がそれを加速させている。多様性の観点で見ればもう暴力的と言っていいのだが、これがニューノーマルの現実だ。

 タイミングは多少遅れるだろうが、システム開発の現場でも同じことが起こるだろう。本気で合理化を進めるための案件が増えるとしても、おそらくそれを上回るペースで業績悪化ゆえに凍結される案件が増える。しかも案件あたりの投資額が増えるとも思えないので、開発プロセスの抜本的合理化は待った無しだ。人海戦術や残業頼みのコーディング主導なやり方を捨てて、なるべくコードを書かずに済ませるための実装基盤や少数精鋭体制を取り入れざるを得なくなる。なによりも、抜本的合理化を実現するためのトップダウンの設計スキルが求められるようになる。

 あなたが所属する開発企業や、あなた自身はどうだろう。日々の開発作業はおおむね定時で終わっているだろうか。プロジェクトは高待遇な少数精鋭で固められているだろうか。そうでないとしたら、開発プロセスがじゅうぶんに合理化されていない可能性が高い。自分たちの業務態勢さえ合理化できずに、他人(ひと)様の業務の合理化に貢献できるわけがない。そんな会社でも働き続けたいと思うのなら、合理化のためにどんな貢献が出来るかを急いで考えたほうがいい。そうでないと別の誰かの斬新なアイデアが取り上げられ、あなたは「真面目で仕事熱心」と侮られかねない。