設計者の発言

業務システム開発とデータモデリングに関する語り

デカいソフトウエアを構想できるようになろう

 日本のIT技術者の給与レベルがあいかわらず低迷している。ヒューマンリソシアによる2020年の調査[1]では、給与レベルで18位、伸び率で20位だった。新型コロナ以降に世界的インフレが始まる以前の数字なので、現在ではもっと悪いだろう。この種の平均値から読み取れることは限定的だが、日本は就業者数で堂々の世界第4位であることから「高給で働く少数がいるにせよ、大部分が低給与で働いている」という実態を想像できる。

 IT技術者はどの国でもトップレベルで稼げる職業とみなされている。ゆえにとにかく稼げばいいなどとは思わないが、世界中のIT技術者に伍して日本で稼いでゆくためにはどうしたらいいのか。

 まず、日本のIT技術者に理数系出身者が少ないという特徴を理解する必要がある。良し悪しではないのだが、コンピュータサイエンスの学位保持者は23%しかいない(インドでは72%、アメリカでは44%)。つまり、新卒入社時点で学位ゆえに高給を得られる職場で働き始めるスタイルは、日本では一般的ではない。言い換えれば、日本では学歴や保有資格に関係なくITの世界に入って来れるが、現場で案件をこなしつつ自分を稼げるポジションにプロモートしていかねば世界の平均以下しか稼げない。

 着実に稼ぎを増やしてゆくための、私なりの答を示そう。「社会的な広がりのあるソフトウエア」を構想できるようになることだ。当たり前のようだが案外見落とされている。多くの技術者は「技術を深めるほど稼げるようになる」とナイーブに考えているが、扱っているソフトウエアに社会的な広がりがなければ稼ぎは増えない。

 「社会的な広がりのあるソフトウエア」とは何か。これを言い換えれば「豊かな財源につながっているソフトウエア」である。ここでいう「財源」とは、開発予算を出してくれる組織や企業や社会領域くらいの意味で、ソフトウエアがマネタイズされているかどうかとは関係ない。じっさい私が専門にしている業務システムは、そのものが1円も稼がないわりに社会的な広がりのある、それゆえに需要の大きなソフトウエアであり続けている。

 これに関して、2022年末の日経新聞の記事「DXの人気職業に異変 『企業の設計士』、米で初の首位」が興味深い。ここでいう「企業の設計士(エンタープライズアーキテクト)」とは、業務システム全体の設計を担える技術者のことである。アーキテクチャレベルの設計スキルに裏打ちされた豊かな実務経験が求められる。もちろんそんな人材は希少であるが、希少ゆえに給与レベルが高いわけではない。社会的な広がりを持つ企業活動を支えるソフトウエアを構想できるゆえにこそ、給与レベルが高い。

 この意味で、「いかにコーディングするか」といったごまごました領域に関する学びは20代で完遂したほうがいい。また、マイクロサービス(MSA)やある種の設計技法のように、ソフトウエアを小さく切り出して小器用にまとめようとする「縮み志向」を身につけてもいけない。フロントエンジニアなどと自己規定するのも幸先が悪い。小さなモジュールばかり扱っていてはデカいシステムを構想できるようにならないからだ。より多くの人々、組織、企業が関わる広域をカバーするソフトウエアを構想できるようになろう。


[1]ヒューマンリソシア株式会社 「92カ国をデータで見るITエンジニアレポート」
vol.1 vol.2 vol.3