設計者の発言

業務システム開発とデータモデリングに関する語り

「買占め」や「転売」を防止するためのデータモデル

 行政や自治体のシステムを合理化する最大の目的は「住民の利便性向上」である。全国民が背番号管理される動きに対して世間では管理強化や個人情報の漏えいリスクが大きいといった批判に終始しがちだが、住民にとっての利便性向上や行政の透明化といった圧倒的な効果を忘れてはいけない。

 これまで戸籍、ワクチン、選挙、福祉行政、住民税の算定・徴取に関して、行政コストの削減効果および住民の利便性向上効果を説明してきたが、今回は行政システムと連係した「買占め」や「転売」を防止するための仕組みを説明しよう。もちろん現状の行政システムにこういった機能などないのだが、個人が一意管理されることで実現可能な、わかりやすく下世話なデータ管理課題のひとつとして紹介したい。

■買占め防止

 正式名を「売買統制システム」と呼んでおくが、各自治体(または国)が統制プログラムを定義することで、特定の商品(群)について住民の購入行動を制限できる。たとえば一人あたり1ヵ月間でトイレットペーパー8ロールまで購入可、などと設定する。商品の購入時にはマイナンバーカードの提示が求められ、期間内に規定数以上の購入履歴のある住民はそれ以上買えない。

 なにやら戦時下の配給制を彷彿とさせるが、それとは本質的に異なる。あの時代の統制は供給側の弱体化ゆえになされたが、こっちは「消費者が必要以上に買いたがる」ゆえになされる。近年のマスクやトイレットペーパーの買占め騒ぎでは、一部の消費者や業者が大量に買い溜めしたために店頭から商品が消えた。それさえなければ全体の需要がまかなえたことがわかっている。

 データモデルを説明しよう(図1)。ある自治体がトイレットペーパーの売買統制プログラムを登録しており、2つの対象商品が標準価格とともに示されている。鈴木一郎氏が5月に8ロール入りを1点、6月に同じ店で4ロールを2回に分けて購入している。入り数合計としては5月も6月も規定の8ロールに達したので(*1)、7月まではどの店でも購入できない。

図1.買占め防止プログラムの例

 購入者はスマホやPCから自分の購入実績を照会できるので、現時点の購入可能数や次の購入可能期間がいつかもわかる。戦時中の配給制のイメージから「配給券」を核にしてモデリングしてもいいかもしれないが、期間内の購入残数の繰り越し等を考えると、期間別の購入合計数ベースのほうがよさそうだ。

 運用の動きを説明しよう。まず自治体議会(または国会)での承認を得たうえで、売買統制プログラムを定義・公開する。全国の販売店は対象商品の一覧を確認し、プログラム№と自店扱い商品と店名と販売価格を含んだバーコードラベルを出力し、商品に貼付して棚に並べておく。

 購入者が当該商品を持ってレジに並ぶと、レジ担当者は購入者にマイナカードの提示を求める。レジアプリ上で起動されている統制システムのAPI経由で購入者の個人番号が読み取られ、購入可能かどうかがわかる。購入可能であれば、支払・精算が済んだ後で統制ステム側に購入実績が記録される。同時に購入価格も記録されるので、標準価格と比べていちじるしく高額であった場合には遅かれ早かれ問題になる。

 規定数以上は買えないので、近隣の店で売り切れたとしても手元のストックを大事に使いながら次の入荷を冷静に待てる。メーカーとしては拙速な設備投資を求められることもない。レジアプリのアップグレードが必要だったり、孤立したレジで対応できないといった問題は残るが、公共的効果は大きい。国や行政はアベノマスクのような短絡的な施策に走るよりは、こういったインフラを国家の計として整備したほうがいい。

 この種の商品を買い占めて高額で売りさばく業者が現れることがある。これを防止するために実際の購入価格が記録されるようになっているわけだが、そもそもこのシステムの存在自体が彼らへの牽制になる。プログラムが施行されれば騒ぎが沈静化することが予想できるからだ。そしてこのシステムは「買占め」だけでなく、「転売」を防止するための公共インフラにもなる。こちらのほうが実用性が高いかもしれない。

■転売防止

 たとえば、音楽やスポーツのイベント業者がチケットの高額転売を予想したとしよう。イベント業者はまず、法人ポータルサイトで新たな売買統制プログラムの内容と、一般販売用チケットの一覧を対象商品の内訳として登録する。商品名(席番)や価格の他に商品識別としてチケットの識別番号を大量に入力することになるが、あらかじめ用意したテキストファイルをアップロードできるようにしておけばよい。

 図2では、鈴木一郎氏が『2023日本シリーズ第一戦』のチケットの上限数(2枚)を購入した例が示されている。買占めの例では期間単位が"1ヵ月"だったが、この例では"全期間"になっている点に注意してほしい。なお、「統制区分」が"買占統制"の場合、同じ商品を何度も購入できるが、"転売統制"では一度しか買えないという違いがある。

図2.転売防止プログラムの例

 チケット購入時だけでなく、イベント当日に入場する際にもスマホマイナンバーカード)の提示が求められる。保持しているチケットの購入者本人であることが確認できれば入場できるが、チケットを紛失した場合でも本人確認できれば入場できる(チケットは席番を確認するためのものでしかなく、それさえもスマホで確認できるので印刷物としてのチケットはなくてもよさそうだ)。拾ったチケットや転売されたチケットでは、購入者の本人確認に失敗するので入場できない。結果的に、非正規ルートで買う意味がなくなる。

 チケット購入後にイベント日の都合が悪くなったときはどうか。既定の締め切り日前であれば返品を認めたらいい(*2)。そのチケットの識別番号はフリーになって購入可能になる(そのためにキャンセル待ちの仕組みがあってもいい)。好きなアーチストやアスリートのパフォーマンスを適正価格で楽しめる。興行主もファンもうれしい。

 いかがだろう。買占め防止でも転売防止でも、統制システムと連携しつつも業者側のシステムに個人番号が記録されない点に注意してほしい。行政システムが個人を個人番号で特定するからといって、その値が第三者に知られる怖れはない。知られるとしたら設計が拙いだけの話である(*3)。そして、合理化された行政システムがさまざまな社会活動の公共インフラになることにも気づいてほしい。ここで述べた仕組みはそのほんの一例でしかない。


*1.もっと入り数の多い、たとえば12ロール入りの商品も存在するはずだが、購入可能残数が8ロールの状況でこれを購入することは許される。ただしその場合、規定数との差数4が繰り越され、翌期間には4個しか買えなくなる。
*2.本人や近親者の死去、あるいは被災の場合、イベント当日以降でさえ返品を認める特例が設けられていることが多い。会場に入場したかどうかも記録されるし、行政DXによって親等表示のある死亡報告書や被災証明書の照会も簡単にできればいろいろと好都合だ。
*3.現行システムでは労務処理のために個人番号が職場に知られるようになっており、漏洩リスクが大きい。カード上に個人番号が堂々と印字されている仕様といい、あまりにお粗末だ。参考記事「職場にマイナンバー提出っておかしくない?