設計者の発言

業務システム開発とデータモデリングに関する語り

システム開発事業は「タレント商売」である

 ここで言うタレントとはテレビ番組をにぎやかに彩る職業ではなく、字義どおりの「才能(を持つ人)」のことだ。とはいえ、なんらかの技能ゆえに起用されるという意味で、芸能人とシステム開発者の間に本質的な違いはない。芸能人が所属する芸能事務所とシステム開発企業にも本質的な違いはない。問題は、システム開発企業(および派遣会社)に、自分たちがタレント商売をやっているという自覚がない点だ。

タレントは厳しい仕事

 芸能事務所の営業は「タレントカタログ」を用いる。それを示しながら各タレントの持ち味や得意分野や実績を説明して、顧客の要望に沿った提案を絞り込んでゆく。タレントは金額ランク別に分類されており、売れっ子にバイネームで依頼が来るケースもあるが高ランクなので、有望な新人やコスパの良い人材を提供するためにカタログが欠かせない。結果的に、売れっ子であっても無名であってもバイネームで契約される。

 契約を取るだけでなく、事務所は新人の発掘や育成にも力を注ぐ。どんなに有能なタレントも歳をとるし、現代的なテイストを持つ若手も求められる。事務所のタレントカタログの魅力を維持するためには継続的な努力が欠かせない。ダンススクールやジムや美容外科歯列矯正に通わせるなど、多大な費用を投入して育成される。

 営業だけでなく、タレント自身も売り出しに懸命だ。仕事がなければ穀つぶしとして肩身の狭い思いをする。オーディション情報には目を通すしイベントや番組の関係者への声掛けも怠らない。とくに若手は実績を重ねるためになんでもやる。悪名高い枕営業を含め、使える手段は何でも使う(ような気がする)。SNSでの不用意な書き込みや不倫やらなにやらでタレント生命を一瞬で失うリスクも高まっており、下手をすれば莫大な違約金を払わされる。我々が映像で見る華やかさは、彼らの活動の文字通り氷山の一角でしかない。

 わかりやすい芸能人の例を取り上げたが、工学系のタレント商売も存在する。複数の建築士を擁する設計事務所が典型例だ。タレントカタログこそないが、彼らも所属タレントの有能さや実績を売り物にしている。なお、建築士バイネームでプロジェクトに関わることを実績の基礎とするが、失敗したら業界を追われるリスクを覚悟している。2005年に有名な耐震偽装事件が起きたが、関係した一級建築士による個人的な仕業が原因だった。当然ながら彼は業界を追われた。タレントは社会から厳しく値踏みされる存在だ。

システム開発業界の歪み

 芸能事務所と設計事務所とは経済分野としては異質だが、「案件に高度専門職要員を派遣する事業」として本質的な違いはない。そのことがわかれば、工学系事業のひとつであるシステム開発業界の異常さがよくわかる。その歪みは業界の歪みそのものといっていい。

 まず、システム開発業界の営業が所属技術者の「タレントカタログ」を持ち歩くことはない。なぜなら、営業はPM向けにはプロパーを起用するが(単価が高いから)、それ以外の開発実務を担うSEやPGの多くは「一山いくら」で外部調達されるからだ。そもそも技術者をカタログに載せて商品扱いすることが失礼と思われるかもしれないが、「一山いくら」で扱われることのほうがよほど失礼である。高度専門職でありながら「その他大勢のエキストラ」として扱われているようなものだ。

 また、要員の多くが外部調達されるので、PM以外の育成は一次請けの役目とはみなされない。下請業者にしても、一次請けから受注したプロジェクトに参画させることを要員の「実績」とみなすので、素人同然の要員を送り込んで「育成」しようとする(彼らはそれをOJTと呼んで正当化する)。バイネームで有能な技術者を依頼されたりすれば、バーター取引で低スキル要員を何人も押し込む。また、PGとして参加すればSE経験ありとして、SEとして参加すれば「上流の経験が豊富」として実績を水増しする。開発プロジェクトは年々「単価が高いだけのPMに率いられた素人集団」に劣化してゆく。

アーキテクトがいない

 結果的に生じる具体的な問題として、業務システム開発プロジェクトに「アーキテクト」、すなわちシステム仕様の策定について責任を持つ主幹がいない点を指摘したい。下手をするとサブシステム毎に基本設計段階から作業分担していたりする。

 サブシステム構成を決定することが基本設計の重要課題なので、そのフェーズをいきなりサブシステム別に分業するなど無謀な話なのだが、これにはメリットもある。設計に失敗しても、連帯責任であるゆえに技術者の経歴に傷がつかない。業界を追われることもない。しかしこの「やさしさ」はデメリットと表裏一体である。失敗原因を深堀りして仕事のやり方を改善する姿勢や、プロとしての覚悟を涵養しない。いつも同じような失敗を繰り返し(そもそも失敗と認識されない)、来る日も来る日も残業してみんなで仲良く馬齢を重ねる。

 アーキテクトを一人決めることそのものは難しくない。指名するだけでいい。にも関わらずそれをしないのはなぜか。アーキテクトの役目を担えるくらいに有能な技術者がプロパーにいないからだろう。一次請けとしてはそのような重大な役割を外注に担わせるのは不名誉だし余分な費用もかかる。ゆえに、アーキテクトを決めずに、社内外から余分に要員を集めて「文殊の知恵」を発揮させようとする。もちろんうまくいかない。オンチをいくら集めてもコーラスグループがきれいにハモれないのと同じ理屈だ。一人や二人くらい音感が良くてもどうにもならない。

会社のユルさに馴染んではいけない

 お金を払ってでも鑑賞したくなる歌やダンスや演技や話芸を披露する人々、また、社会活動を支える飛行機や船舶や高層ビルや橋梁を設計する人々、彼らは技能や適性が厳しく問われるタレントである。経済や行政を支える情報システムの設計を担う技術者も正真正銘のタレントだ。

 あなたをタレントとして扱わない、すなわち、一山いくらで扱い、育成しない代わりに職業適性やスキルアップ云々の厳しいことを言わない、うまくいかなかった仕事の責任も問わない。そんな組織のユルさに適応してはいけない。なぜか。「伸び盛りの元気な若手」があっという間に「齢を重ねた素人」として成熟し、所属会社の劣悪待遇から逃れられなくなるからだ。

 若手のIT技術者は所属会社のそういったユルさにスポイルされることなく、タレントとしての本来のキャリア、すなわちバイネームで重責を担うキャリアに自分自身を意識的にプロモートしていってほしい。そしてクライアント企業は、紹介されたタレントをオーディション(*1)して厳しく「値踏み」してほしい。ポン引き営業に騙されないためだが、たまたまこの仕事向けの適性のない若者にそのことを気づかせ、他業界で活躍するチャンスを与えるためでもある。


*1.簡略化したシステム要件を渡し、その場でひとりでDB設計とアプリの実装をやってもらえばいい。これによって設計スキルと実装スキルを同時に実技審査できる。