設計者の発言

業務システム開発とデータモデリングに関する語り

選挙をDXするためのデータモデル

 抜本的に見直した自治体システムを趣味で開発しているのだが、住民税管理や固定資産管理や選挙管理といったモジュールが面白い形でまとまりつつある。選挙管理に関して気づいた現状の問題は以下のとおりで、これらがどのように手当てされるかを説明したい(他のモジュールについては別途説明しよう)。

1.職員による手作業が多い
2.投票に関する制約が多い
3.候補者の公約を比較検討しにくい

職員による手作業が多く、投票に関する制約が多い

 まずは1について。選挙名簿の作成、投票用紙の郵送、開票作業等々、選挙にともなう職員の手作業は膨大である。手作業が多いというのは税金も余分に使われるということなので、これらを最小限に抑えるために管理システムの合理化が求められる。

 合理化すれば、住民の転入日や生年月日は把握されているので、選挙名簿はバッチ処理機械的に作れる。投票所での本人確認は、マイナンバーカード(*1)とパスワードでの認証、および画像と本人との目視で可能になるので、投票用紙も不要だ。職員による支援作業は、投票者の本人確認、端末の据え付け、端末の利用補助といった最小限度で済む。将来的には画像中継での本人確認やAI判定を組み合わせることで、投票所への要員派遣コストはさらに抑えられるだろう。なによりうれしいのは、投票終了と同時に当選者が決まる点だ。

 2についてはどうか。現状では投票用紙上で指定された会場でしか投票できないが、自治体内のどの会場でも投票できたほうがいい。選挙期間中は巡回投票車(後述するデータモデル上では投票所の一種として定義される)を駆使して、病院や施設の療養者を支援する。旅行者や長期出張者のためには、自治体外の行政拠点(公共施設や郵便局、海外であれば領事館)に置かれている端末から投票できたらいい。最小限のコストで住民の投票意志を最大限尊重する。そのためにはITのパワーが欠かせない。

候補者の公約を比較検討しにくい

 もっとも考えるべき問題は3ではないかと思う。現状では電話攻勢や街頭演説といった人海戦術や資金力での選挙運動が中心である。これを選挙DXによって「KPI達成力」主導に刷新できる。現状でも市民オンブズマンの活動によって部分的に検証されているようだが、その役割を選挙データ管理システムそのものに組み込んでしまえばいい。

 KPI(Key Performance Indicator)とは「重要業績評価指標」のことで、これを基礎とする公約が「公約KPI」である。KPIがいいのはそれが「定量的指標」である点だ。何でもいいのだが、たとえば待機児童数、介護離職者数、満員電車本数、といった客観的に測定可能な課題について、エビデンス付きの現状値、および任期期間後での公約値を申告してもらうのである。

 結果的に、「誰にもやさしい社会の実現」のような文学的公約が通用しなくなるし、達成が容易すぎる公約でも票を稼げなくなる。なお、各KPIには数値だけでなく摘要欄があったほうがいいが、それはポエムを語るためではなく、公約値達成のための目論見や既存/新規の予算事業との関係を論述してもらうためだ。

 とはいえ、測定可能かつ達成困難な指標であっても、待機児童ゼロ、介護離職者ゼロ、満員電車ゼロ、といった勇ましいKPIを10個くらい申告することも可能ではある。しかしそれにも一定の歯止めがかかるだろう。当選した候補は任期終了時にエビデンス付きで達成値を申告し、現職候補として再度立候補する際には公約値とともに公開されるようにすればよい。現職候補は再当選するためにKPI達成に邁進するし、公開された予実値は住民の投票行動に影響を与えるだろう。候補人本人ではなく、公約KPIに投票して合計得票数で当選者を決める方式にすれば、より多くの住民が望む施策も見えてきそうだ。

抜本的体制を支えるデータモデル

 こうした大きな変化に対して「現行の法制度と整合しない」と批判するのは簡単である。しかし、DXにともなって現行ルールとの齟齬が生じるのは自然なことで、法制度の調整が必要ならば粛々とやればよい。憲法改正の必要が生じる可能性もないわけではないが、関係者の間ではかなり低いと予想されている。少なくとも、現行の法制度ゆえに合理化を躊躇するようでは変革は起こせない。これは業務システムでも同じで、現状のルールや業務フローにこだわるようでは事業のDXなど望めない。

 以上の体制を支えるデータベース構造を示そう。自治体所管の選挙が事前に定義され、利用される投票所、選挙人名簿、候補人名簿および公約KPIが管理される。「選挙区分」には"自治体選挙"か"比例代表選挙"か"選挙区選挙"が指定される。選挙人がどこで投票するかについて制約がない点に注意してほしい。自治体内外に置かれた専用端末で投票すると、候補人(または政党)の得票数が即時更新される。誰に投票したかについては、投票者のパスワードでエンコードした値で記録しておけば本人しか確認できない。

▲選挙データ管理用データモデル

 データモデルが確立されたなら、データベースとして実装するのは一瞬だ。実装されたデータベースを読み書きするUI系アプリも簡単に作れる。それらにバッチ処理やバリデーションのためのコードを補えば、検証可能なプロトタイプが完成する。これを関係者が試用しながらデータモデルをさらに磨く。そのうえで、アプリ構成や業務フローや組織体制をゼロベースで考え直し、最終的にデータ移行しつつ本番システムを実装する。それが筆者の言う「モデリング&プロトタイピング手法」だ。

 ここで肝心なのは、選挙をふくめ我々が住むコミュニティのあり方は我々自身で構想可能であり、その出発点となる活動がデータモデリング、すなわち「管理データのあるべき形の確立」であるという点だ。行政DXによって自治体活動が効率化され、住民にさまざまな便宜がもたらされる。その基本的枠組みは、行政の専門家とIT技術者が「納税者意識」を持ちつつ協働することによって生み出せる。それを国から押し付けられるばかりでは能がない。ようするに、自分たちのことは自分たちで考えようという話だ。


*1.現状のマイナンバーカードには他人に知られたくない個人番号等が堂々と印字されている。それゆえに私は現行制度に反対している。個人番号等は本来、カードのICチップに読み取りにくい形式で記録すべきだし、必要に応じてその値を更新できなければいけない。また、漏洩のリスクもあるので、相手が職場であろうと何であろうと個人番号を伝える羽目になるようではいけない。ここらへんについては次の過去記事を参照してほしい。

職場にマイナンバー提出っておかしくない?