設計者の発言

業務システム開発とデータモデリングに関する語り

マイナンバーの前に「予算管理の合理化・透明化」を

 マイナンバーカードの問題が次から次に出てくるが、抜本的改革には艱難辛苦が付き物なので、個々の事案をいちいち気にしてもしょうがない。しかし全体として見れば、その進め方には「納税者の感情」への配慮が欠けていると言わざるを得ない。どういうことか。

 行政や自治体のDXの目的は「住民にとっての便宜向上」であるが、マイナンバー導入には「課税の合理化・公平化」という重要な役割もある。ポイントのお得感や保険証との統合による利便性向上を政府は強調するが、ありていに言えば住民の収入や資産状況を明らかにして確実に課税するという大目標のために、マイナンバーは導入される。それ自体べつに間違った話ではない。

 ではその「課税の合理化・公平化」は、どの程度の「住民にとっての便宜向上」をもたらすのだろう。手間暇かかる税計算や納税の過程が楽になるのは文句なく歓迎だ。また、すでに収入がガラス張りにされているサラリーマンにとって、これまで徴収逃れをしてきた人々が課税されるようになることは、不公平感の解消につながるゆえに歓迎されるだろう。しかしだからといって「納税額の納得感」が高まるわけではない。

「課税の合理化」の前にやるべきことがある

 問題は明らかで、納税額の納得感を高めるために総務省やデジタル庁が率先して取り組むべきは、国税地方税にかかわる予算策定と予算執行の合理化・透明化である。それらを先行して実現すれば、納税者は収めた血税が適切に活用されていることを実感できるし、ITを用いた合理化の威力も理解できる。マイナンバー導入を含めた課税の合理化は「その後」で取り組むべき課題なのだ。この順序を逆にすれば、「取り方が厳格になったわりに、使い方は相変わらず雑じゃないか」といった反感しか持たれないだろう。「納税者の感情への配慮が欠けている」とはそういうことだ。

 以前にも書いたが、某官庁の予算策定が5000列×5000行のExcelシートを担当者間でやりとりする形で進められていて驚いたことがある。国家公務員のブラックな働き方が取り沙汰されているが、非効率な業務態勢も原因のひとつに違いない。本来であれば予算策定は、的確に構造化されたDB上で共有した形で効率的に進められるべきだ。

 効率化されるだけでは不十分で、「透明化」が欠かせない。我々は予算策定の実務を担うわけではない。しかし、予算がどのように立案され、議会承認を経てどのように執行されたかを知る権利がある。憲法第一条で国民主権が定められているからだ。いや憲法など持ち出す必要などない。それは単純に納税者(出資者)の権利であり、行政の責任(accountability)である。

国際的には落第レベルの日本の情報公開

 じっさいのところ、行政予算にかかわる情報公開については問題が多い。策定の過程が公開されている例を聞かないし、事業や政策毎の執行結果が示されていたとしても支払先が明らかにされていない。また、どの項目をどのように公開するかが自治体毎にバラバラだ。

 最大の問題は予算事業の「効果」が示されていない点だ。予算事業はその効果を客観的に評価するためのKPIが事前に定義され、第三者機関によって測定されるべきだ。策定の過程、および執行にともなう支払実績とKPIまでが標準様式にもとづいて公開されることで、初めて予算管理の過程が透明化されたとみなせる。

 公共予算の執行効果はKPIで簡単には評価できない。そんな反論があるかもしれない。確かに、国防や外交のようにKPIに馴染まない予算枠は存在する。しかし私が言っているのは、それら以外の枠についてはKPIを設定すべしということだ。効果が現れるまで何十年もかかるというのであれば、評価日をずっと未来に設定すればよい。

 予算関係に限らないが、日本の情報公開レベルはいちじるしく低い。資料[1]によると、日本はOECD加盟34カ国中27位で、偏差値は43.5の落第レベル。15年前に行政DXを実現した韓国は堂々の1位である(世界に先駆けて電子政府を実現したエストニアは3位)。これは日本の行政がことさらに秘密主義であるゆえではなく、合理化が進んでいないゆえであろう。なにしろ中央官庁が神Excel(職人芸的に作りこまれたExcelシート)で国家予算を作っているのだ。合理化されていなければ透明化も進めようがない。

「歳入・歳出管理データモデル」を確立せよ

 そういうわけで政府にはまずは、国家運営の礎となる予算の策定・執行過程の合理化と透明化を進めてほしい。そのために最初にやるべきは、国や自治体の歳入・歳出管理のための抜本的なデータモデルの確立である。予算の策定・執行に関わる膨大なデータ項目間の精妙な関数従属性を明らかにしない限り、抜本的な業務フローもUIも構想しようがないからだ。参考になるモデルを本ブログや拙書「データモデル大全」に載せてあるので、こういった素材もどんどん活用してほしい。

 予算の策定・執行過程の合理化・透明化――これを成し遂げた時点で、国民がマイナンバーを受け入れるための感情的な基礎固めがようやく完了する。我々は税金を取られるのが嫌なのではない。その使い方が密室で決められ、支払実績や執行にともなう効果が詳しく知らされないのが嫌なのだ。我々や子供たちのため、そして子供たちの子供たちのため、収めた税金がどのように貢献するのか。それがわかれば、金額がそれなりに嵩んだとしても納得感を持って払える。そのように考える納税者は私を含めて少なくないだろう。

 そしてこの課題は、韓国やエストニアがあざやかに示したようにITでスマートに解決できる。それならば、行政予算管理システムの基本設計に関して、我々のようなITの専門家が公共の課題としてもっと口を出していい。それが納税者であるIT技術者としての権利であるし、高度専門職としての社会的責任の一端ではないかと思う。


[1]世界・情報公開可用性のレベルランキング(2015)
http://top10.sakura.ne.jp/OECD-DISCLOSURE-G2.html